渋谷は日本を代表する都市再開発の舞台であり、ヒカリエや渋谷ストリームなど大規模プロジェクトが進む一方、中心部や周辺エリアには老朽化した築古ビルが点在しています。耐震基準の問題やテナント需要の変化により、再開発候補地として注目を集める物件は少なくありません。
本記事では、渋谷の築古ビル市場の現状を整理し、再開発候補地の特徴や見極め方を専門的な視点から解説します。事業者が初期検討の段階で把握すべき要点を体系的に整理し、今後の戦略立案に役立てていただくことを目的としています。
まずは、渋谷という都市がどのように再開発されてきたのか、そして築古ビルが抱える課題について確認することが重要です。渋谷は日本有数の商業・文化拠点であり、近年は国際都市としてのブランド力を高めるため大規模な都市計画が進行しています。
しかし、その裏側には高度経済成長期に建てられた多くのビルが老朽化し、耐震性や収益性に課題を抱えている現状があります。こうした背景が、築古ビルの再開発を強く後押ししているのです。
渋谷は古くから若者文化の発信地として知られてきましたが、都市再開発の観点から見ても極めてダイナミックな変化を遂げています。
2012年の「渋谷ヒカリエ」を皮切りに、「渋谷ストリーム」「渋谷スクランブルスクエア」「MIYASHITA PARK」など、駅周辺を中心とした再開発が次々に完成しました。これらの事業は都市再生特別措置法や容積率の緩和といった制度を活用し、民間事業者と行政の連携により進められたものです。
一方で、渋谷の繁華街や裏通りには、築30年以上を経過した中小規模ビルが多く残存しています。これらの物件は大規模再開発に組み込まれることは少ないものの、テナント需要が高いために活用余地が大きいとされ、近年は「点的」な再開発やリノベーションの対象となるケースが増えています。
築古ビルの課題を整理すると、大きく4つに分類できます。
課題 | 内容 | 影響 |
---|---|---|
耐震基準 | 1981年以前の旧耐震基準で建設された物件が多数 | 大規模修繕や建替えが不可避 |
老朽化 | 設備や外装の劣化、インフラの老朽化 | テナント離れ・修繕費増大 |
空室率 | 競合する新築オフィス・商業施設の増加 | 賃料低下・稼働率悪化 |
権利関係 | 区分所有や借地権が複雑に入り組むケース | 再開発の合意形成が困難 |
特に耐震基準の問題は行政からも強く指摘されており、補強や建替えが事業者の検討課題となります。加えて、築古物件のテナントは中小企業や個人事業者が多く、賃料水準が低いために収益性の低下も顕著です。
では、なぜ渋谷において築古ビル再開発のニーズが高まっているのでしょうか。主な要因は以下の通りです。
テナント需要の強さ
IT企業、クリエイティブ業種、スタートアップが渋谷を拠点とする傾向は依然として強く、オフィス需要が堅調に推移しています。
国際都市としてのブランド価値
観光需要や外国人投資家の注目により、再開発エリアは国際的なプロジェクトとして評価されやすくなっています。
投資マネーの流入
J-REITや海外ファンドが渋谷の不動産市場に資金を投じており、築古物件の取得から再開発を通じた付加価値化が進んでいます。
このように、渋谷の築古ビル市場は課題を抱えながらも、再開発を通じたポテンシャルを秘めています。事業者にとっては、リスクとチャンスを見極める戦略眼が求められる段階にあるといえるでしょう。
渋谷は大規模再開発が進む一方で、築古ビルが多数残存している
築古ビルの課題は「耐震性・老朽化・空室率・権利関係」の4点が中心
テナント需要や投資マネーの流入により、再開発ニーズは依然として強い
候補地選定には課題とポテンシャルの両面を把握することが不可欠
ここまで、渋谷の築古ビル市場の現状と再開発ニーズの背景を整理しました。次章では、実際に「どのようなエリアや物件が候補地として注目されているのか」に踏み込みます。
桜丘町や道玄坂といった具体的なエリアごとの特徴を比較し、候補地の見極めに必要な視点を解説します。権利関係の複雑さや容積率の余地など、再開発事業の成否を左右する要素を明確にすることで、渋谷の築古ビルをめぐる投資・開発戦略をより実践的に検討できるようになるでしょう。
築古ビルの再開発は、立地やエリア特性によって成否が大きく左右されます。渋谷の中でも、駅周辺の一等地と裏通りエリアでは求められる用途や収益性が異なり、候補地の選定には複合的な視点が必要です。
たとえば桜丘町は大規模再開発が進行中で、周辺の築古ビルも波及効果を受けやすいエリアです。一方、宇田川町や道玄坂は雑居ビルが密集し、権利調整は複雑ながら小規模再開発の可能性を秘めています。
本章では、エリア別の候補地の特徴を整理し、どのような視点で候補地を見極めるべきかを具体的に解説していきます。
渋谷駅西口に位置する桜丘町は、かつては中小規模のオフィスや飲食店が並ぶエリアでしたが、「渋谷サクラステージ」など大規模再開発が進んだことで一変しました。周辺の築古ビルは駅からのアクセスが良好であり、再開発の波及効果を受けやすい点が特徴です。
強み:駅近・大規模開発との連動性
課題:地価上昇による取得難度、権利者間の調整コスト
渋谷の繁華街として古くから知られる道玄坂は、築古ビルや雑居ビルが多く立ち並んでいます。エンタメ施設や飲食店の集積が強みで、観光需要やナイトタイムエコノミーとの親和性が高いエリアです。
強み:商業集積による高い人流
課題:細分化された区分所有、狭小地形が多い
宇田川町は渋谷センター街を中心とした若者文化の発信地で、築古ビルの多くは小規模な店舗や事務所です。建物の老朽化が進んでいる一方で、テナント需要が堅調なため、建替えやコンバージョンによる再開発の可能性があります。
強み:高い来街者数、若者需要の強さ
課題:土地形状の不整合、地権者の合意形成難度
渋谷駅東口から恵比寿方面にかけて広がる並木橋エリアは、オフィスと住宅の混在エリアです。比較的低層の築古ビルが多く、開発余地を残しています。渋谷駅から徒歩圏でありながら落ち着いた雰囲気を持つため、オフィス・レジデンス複合の再開発に適しています。
強み:再開発余地、複合開発の可能性
課題:商業ポテンシャルの相対的な弱さ
エリア | 立地利便性 | 容積率余地 | 権利関係の複雑さ | 商業ポテンシャル | 再開発の進行度 |
---|---|---|---|---|---|
桜丘町 | ◎ 駅至近 | △ 高いが制約あり | △ 権利者多数 | ○ ビジネス・商業両立 | ◎ 進行中 |
道玄坂 | ○ 繁華街 | △ 一部余地あり | × 区分所有多数 | ◎ 観光・飲食需要強い | △ 部分的 |
宇田川町 | ○ 繁華街 | △ 余地限定 | × 小規模地権者多 | ◎ 若者需要旺盛 | △ 個別案件中心 |
並木橋周辺 | ○ 徒歩圏 | ○ 比較的余地 | ○ 調整可能 | △ 商業性低め | × 未整備 |
このように、エリアごとに強みと課題が異なるため、再開発のアプローチも変わってきます。
再開発候補地を見極める際には、単なる立地条件だけでなく、以下の要素を複合的に検討する必要があります。
築年数と建物状態:耐震基準適合状況や設備インフラの老朽化度合い
土地形状・接道:再開発の際に容積率を活かせるかどうか
都市計画・地区計画:高度地区、用途地域、容積率緩和の有無
権利調整の難易度:区分所有数、借地権、テナントの立退き難度
エリア需要:商業かオフィスか、あるいは複合開発が適しているか
特に渋谷では「権利関係の複雑さ」が最大の障壁となることが多く、区分所有が細かく分かれているビルでは、建替え合意に至るまで長期化する傾向があります。そのため、候補地を検討する際には「物理的条件」と「権利関係」の両面からの精査が不可欠です。
渋谷の再開発候補地は「桜丘町・道玄坂・宇田川町・並木橋」などが代表的
エリアごとに強みと課題が異なるため、事業スキームの柔軟性が必要
候補地の見極めでは「築年数・土地形状・容積率・権利関係・需要」を複合的に評価することが重要
渋谷特有の「権利調整の難しさ」が成功の鍵を握る
候補地のエリア特性や見極め方を理解した上で、次に重要になるのは「どのように再開発を実現するか」というプロセスです。
渋谷の築古ビル再開発は、大規模な再開発組合方式から、小規模な区分所有ビルの建替え、さらにはSPCやファンドを活用した資金調達まで、多様なスキームが存在します。
第3章では、具体的な再開発スキームの種類と、それぞれのメリット・留意点を整理します。さらに成功事例から学べるポイントを解説し、今後の渋谷における再開発戦略をより実践的に検討できる視点を提供します。
再開発の候補地を見極めた後、次に問われるのは「どのようなスキームで実行するか」という戦略です。渋谷の築古ビルは権利関係や資金面のハードルが高いため、適切な手法を選択しなければ計画が頓挫するリスクもあります。
本章では、再開発を進める際に用いられる代表的なスキームを整理するとともに、それぞれのメリットと留意点を解説します。加えて、成功事例から得られる知見を紹介し、渋谷という特異なマーケットにおける再開発戦略の実践的ポイントを明らかにしていきます。
渋谷における築古ビル再開発では、以下のスキームが多く活用されています。
再開発組合方式
複数の権利者が共同で「再開発組合」を設立し、行政の認可を得て進める方式です。大規模案件に適しており、容積率緩和や税制優遇を受けやすい点が特徴です。
メリット:行政支援が得られる、資金調達力が高い
デメリット:合意形成に時間がかかる、小規模案件には不向き
区分所有法に基づく建替え決議
区分所有法第62条に基づき、所有者の5分の4以上の賛成で建替えを決議できる仕組みです。中小規模ビルの建替えに多く使われます。
メリット:比較的少人数で合意形成できる
デメリット:反対者がいる場合、調整に長期化しやすい
SPC・ファンド組成方式
特別目的会社(SPC)や不動産ファンドを活用して物件を取得し、再開発を進めるスキームです。J-REITや海外投資家の資金を呼び込むケースもあります。
メリット:資金調達が柔軟、出口戦略を設計しやすい
デメリット:金融規制や投資家対応の煩雑さがある
築古ビル再開発は多額の資金を要するため、資金調達スキームが計画の実現性を左右します。
デベロッパー単独投資:自己資金を中心に進めるためスピード感があるが、リスク集中。
金融機関融資:ノンリコースローンを活用し、物件からのキャッシュフローで返済する方式が一般的。
ファンド活用:投資家から資金を集め、リスクを分散しつつ収益配分を行う。
出口戦略:
開発後の賃貸運営による安定収益
REITへの売却
海外投資家へのエグジット
再開発では「初期投資の回収期間」と「収益安定化までの見通し」を投資判断に組み込むことが重要です。
かつての東横線渋谷駅跡地を再開発したプロジェクト。行政と一体となった都市計画と、オフィス・商業・ホテルを組み合わせた複合開発により、渋谷の新しいランドマークとなりました。
教訓:大規模インフラと一体化することで、付加価値を最大化できる。
老朽化していた宮下公園をリニューアルし、商業施設・ホテルを融合。地域住民と来街者の双方に開かれた空間を創出しました。
教訓:地域の課題解決(公園の老朽化)と商業開発を両立させる視点が重要。
数十年使用された雑居ビルを建替え、耐震性能とテナント利便性を高めることで、空室率を大幅に改善。
教訓:大規模案件だけでなく、中小規模でも権利調整を工夫すれば再生可能。
渋谷の再開発は今後も続くと見込まれていますが、特に以下の点に注目する必要があります。
都市再生特別措置法:対象エリアでの容積率緩和や税制優遇の活用余地
エリアマネジメント:渋谷駅周辺で導入が進み、地域全体での持続的価値向上を促進
脱炭素・ESG投資:環境性能の高い再開発物件は資金調達面でも有利になる傾向
観光・国際需要:外国人観光客や企業の誘致を見据えた再開発戦略が必要
これらの制度・動向を踏まえた上で、事業者は単なる「建替え」ではなく「街づくり」の視点を持つことが今後の成功条件といえるでしょう。
再開発スキームには「再開発組合」「区分所有法の建替え」「SPC・ファンド組成」などがある
資金調達はデベロッパー投資・融資・ファンド活用の組み合わせが主流
成功事例は「インフラ一体型」「地域課題解決型」「小規模建替え型」など多様
今後は都市再生特区・エリアマネジメント・ESG投資といった要素が再開発の成否を左右する
渋谷の築古ビルは、耐震性や老朽化といった課題を抱える一方、強いテナント需要と投資マネーの流入により再開発の可能性を大きく秘めています。候補地の選定ではエリア特性や権利関係を精査し、適切なスキームを用いることが成功の鍵となります。
また、大規模再開発から小規模ビルの建替えまで多様な事例が存在し、渋谷という特異な都市環境に応じた柔軟な戦略が求められます。今後はESGや国際的な視点を取り入れながら、街全体の価値向上に資する再開発が一層重要になるでしょう。